Another Sky #2
(#1の続き)
意気揚々とブロンクス行きの電車に乗ったと思っていた私だが、それはなんと、96stから枝分かれし、目的地とは違う方向であるハーレム行きの路線だったのである。
気づいた時はすでに遅し。Freeman Stという、数字で言うと170stくらいまで来ていたのである。96まで戻らなければ、正しい道に修正できない。
ふ、ふりだしに戻るんかい・・・・長かったのに・・・
とりあえず、すぐさま電車を降り、再度ダウンタウン行きに乗る。が、乗ったその電車もまた、目的地に通づる96stウエストサイドではなく、反対側96stイーストサイド行きだったのである・・・
愕然とする私。
かくして時間と労力を十二分に空回りさせた私はしばし考え、96まで下がり、地上に出てタクシーを拾う。
なんと、タクシーでブロンクスに向かうことにしたのだ。
さっき買ったばかりの地下鉄乗り放題チケットが、ポケットの中で泣いている。
いかにも観光客らしい様子だった私が、ウエスト238stへ行ってくれと指示すると、
タクシーの運ちゃん「・・・お嬢ちゃん、そこに行ったことはあるのかい?」
しかしチンタラ走る地下鉄よりも、ガンガン飛ばして効率的に目的地に到着することが
できたのが、唯一の救いである。
見覚えのある風景が見えてきた。
3ヶ月だけホームステイをしていた231st駅である。懐かしい。
車はそこを通り過ぎ、238st駅へ向かう。
そこへ、私が毎日使っていたデカいスーパーマーケットが出現する。
お〜〜〜!!!
この店も、あの店も、まだある!そのまんまやんけ!!!
かくして車は238st駅前に到着した。
運ちゃんに礼を言ってチップをあげ、車を降りて、辺りを見渡す私。
駅周辺、13年前と全く同じである。
驚愕である。店のラインナップが全然変わっていない・・・
駅からアパートに続く道を歩く。
本当に13年経ったのだろうか、全く変わってないぞ。
わりとショボい店々なのに(失礼)、時の試練に未だに耐えてるなんて、どういう意味
なのだろうか。
アパートのすぐそばにある、いつも使っていたデリと、チャイニーズフード店と、コインランドリーも、全くそのままである。
お〜〜〜!!
そして、ついにアパート出現。
なんとも不思議な感覚に包まれる。
住んでいた6階の、自分の部屋の窓に目を移すと、私が当時購入したエアコンがまだ窓
に設置されたままになっている。
ちょうどラッキーなことに共有ロビーのドアが開いていて、建物の中に入ることができた。中に入り、エレベーターに乗り、6階行きのボタンを押す。
・・・動かない。
ガチャガチャと何度か押してみると、ようやくエレベーターが動き出した。
これも当時と変わってない。
6階に着き、自分の部屋であったE号室の前まで行ってみる。
開かないドア。
あたりは静まり返っている。
ここら辺で、ますます不思議な気持ちになってくる。
ああ、そうか。ここで終わりなのか。となんとなく寂しい気持ち。
とりあえず記念(?)に写真だけ撮り、下に戻ろうとすると、突然、E号室のドアがガチャリと開いた。
!!!
振り返って見ると、なんと、そこから13年前の私が出てきたのである。
驚く。
自分の心の奥の奥にある、柔らかい部分を、ギュッと思い切り強くつねられたよう。
・・・と言うのはウソで、腕にタトゥーの入った、なんともイカつい兄ちゃんがドアから出てきたのだ。
イカつい兄ちゃんは私を見、ニコリと笑う。善良そうな人だ。
ここで私は、この兄ちゃんに、「実は私、13年前にあなたの部屋に住んでいたんです」と言おうかどうか、一瞬迷う。
が、恥ずかしくなって、やめた。
兄ちゃんは私に「Good Bye」とだけ言って、行ってしまった。
それからしばらく、アパートの前に座って、当時聞いていた曲を聴きながら、辺りを眺
めていた。
アパートの住人たちが、建物に出たり入ったりするのを見る。
なかには日本人らしき人もいた。
なんとなく彼らが少し羨ましい気持ちになる。
当時の思い出が鮮明によみがえる。
自分もまだここに住んでいるような感覚になる。
しかし同時に、時は確実に過ぎ去ったのだとも実感した。
よっこらせと立ち上がり、アパートを背に、駅に向かう。
ああ、この道、いつも歩いていた道だ。
振り返ると、13年前の私が、そこで笑って私に手を振っている気がした。